「見捨てる」という言葉が、
頭に浮かんだ。
自分でも驚いた。
こんな言葉が出てくるほど、
追い詰められていたのかと。
ギャンブル依存症の夫と8年間向き合ってきて、
一度だけじゃなく、何度もその言葉が浮かんだ。
正直に書きます。
「もう、見捨てていい」という言葉が、頭に浮かんだ瞬間があった
あれは、何度目かの裏切りだった。
お金が消えていた。
連絡も取れなかった。
帰ってきた夫は、また「ごめんなさい」と言った。
そのとき、
初めてその言葉が浮かんだ。
「もう、見捨てていい」
浮かんだ瞬間、
自分でもぎょっとした。
見捨てる、なんて言葉を
自分が使う日が来るとは思っていなかった。
でも、確かに浮かんだ。
それだけ、
限界に近づいていたということだと思う。
怒る気力もなくなって、何も感じなくなっていった
一瞬で限界が来たわけじゃなかった。
じわじわと、積み重なっていった。
最初は怒りがあった。
怒鳴って、泣いて、お願いした。
それが何度も繰り返されるうちに、
怒る気力もなくなってきた。
「またか」と思うだけで、
何も感じなくなっていく。
感情がマヒしていく感覚は、
怒りよりもっと怖かった。
何かを感じているうちは、まだ向き合えている。
でも、何も感じなくなったとき、
「もう限界かもしれない」と思った。
泣くことも、
怒ることも、
できなくなっていた。
ただ、疲れていた。
▶話し合おうとしても変わらなかった日々のことは、こちらに書いています。
「見捨てたい」と「離れられない」が、同時に存在していた
「見捨てたい」と思った自分が嫌だった。
子どもの父親なのに。
病気なのかもしれないのに。
そう思うと、
罪悪感が押し寄せてきた。
でも、向き合い続ける余裕も、
もうなかった。
「見捨てたい」と「離れられない」が
同時に存在していた。
どちらも本音だった。
「こんなことを思う私は、冷たい人間なのか」
そう自分を責めながら、
それでも毎日をこなしていた。
▶怖いと感じながら向き合い続けた話は、こちらに書いています。
「見捨てる」ことと「距離を置く」ことは、別のことだと気づいた
あるとき、気づいた。
「見捨てる」と「距離を置く」は、別のことだと。
見捨てるというのは、
相手の存在を切り捨てること。
でも、距離を置くのは、
自分を守るための選択だ。
消耗しきった自分が、無理をして向き合い続けることが、
本当に夫のためになるのか。
自分が壊れてしまったら、
子どもも、家庭も、何も守れない。
自分を守ることは、
見捨てることじゃない。
そう思えるようになってから、
少しだけ、自分を許せた気がした。
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見捨てたいと思うことは、
冷たいことじゃない。
それだけ消耗してきた、ということだ。
同じ気持ちを抱えている方に、
「そう思って当然だよ」と伝えたくて書きました。
今日も、夫の顔を見た。
そして、家を出なかった。
▶ギャンブル問題の記録はこちらにまとめています。



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